鯉城関西同窓会顧問、井上義國さんが6月20日朝に永眠されたと、ご家族からお知らせをいただきました。90歳。謹んでお悔やみを申し上げます。告別式はご親族のみで執り行われました。
井上さんは、昭和23年広島一中卒。京都大法学部を卒業後、28年に大阪金属工業(現ダイキン工業)に入社。副社長、副会長を務められ、関西経済同友会の代表幹事など財界でもご活躍されました。アジア太平洋地域の発展には「人材育成」が重要と、設立に情熱を注いだ公益財団法人・太平洋人材交流センターの理事長、会長を約20年にわたり務められました。また、関西広域連合の設立にも尽力されています。
広島一中3年生の時に学徒動員先の東洋工業(現マツダ)で被ばく。その体験をつづった「『あの日』前後―広島原爆記」を平成12年に上梓されました。
鯉城関西同窓会設立時より副会長、平成21年からは顧問として会の発展に寄与されました。訃報に接し、生前のご功績に敬意を表しますとともに、鯉城関西同窓会への永年のご尽力に深く感謝し、謹んで哀悼の意を表します。
鯉城東京同窓会の会長を務められた 松尾 聰様(昭和29年卒業)が、去る令和2年7月3日(金)早朝にご逝去されました。ここに謹んでお知らせいたします。
7月1日(水)に体調を崩し入院されてから、急にお亡くなりになったとのことです。葬儀は近親者にて済まされております。
松尾 聰様は、昭和62年から平成4年までカルビーの社長を務められ、鯉城東京同窓会では平成23年~25年の間、会長を務められました。
また、平成26年には母校からのグローバル人材輩出に役立てて欲しいとの思いから、鯉城同窓会に対し多額の寄付をされ、これを基に鯉城同窓会奨学財団が設立されました。財団では、毎年、国際的な評価の高い大学・大学院への進学者や海外留学者に対して、奨学金を給付し有望な人材を育てる手助けをしています。
今回の訃報に接し、故人の生前のご功績に敬意を表しますとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
